サステナビリティ経営③企業と社会が共発展を遂げるために

株式会社トランスエージェント 会長
ピーター D. ピーダーセン

2015 年以降にさらに鮮明になった「社会の変革ドライバー」

2015 年 9 月の国連総会にて、SDGs が採択された。正確に言えば、採択されたのは「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」だったが、その「アジェンダ=議題」は、まさに、世界が共通して取り組 む 17 の 持 続 可 能 な 開 発 目 標(Sustainable Development Goals)に集約されている。
まずは SDGs、ESG 投資、パリ協定、そして顧客の価値観の変化を「社会の変革ドライバー」と捉え、企業経営への本質的な影響を考えてみることにしよう。変革ドライバーとは、社会から企業に対してさらなる経営変革と事業イノベーションを要請する「社会発の推進力」ということを意味している。
SDGs が採択されたわずか 3 か月後、フランスの首都パリでは、大方の予想を覆して、「パリ協定」が満場一致で採択された。人類活動の脱炭素化に向けた道筋を示すパリ協定の詳細は割愛するが、企業にさらなる課題解決型イノベーションとステ ークホルダーとの共創を求めている強力な要因であることは、言うまでもなかろう。
ESG 投資が 2010 年代半ばを経て、もはや完全に主流化しつつあるのも見落とせない変革ドライバーだ。ハーバードビジネスレビューが毎年公表している「最もパフォーマンスの高い CEO ランキング」(Best Performing CEOs in the World)には、 2015 年秋、初めて ESG 的な評価項目も採用され、収益力だけでなく、社会的対応能力で経営者を評価する試みを開始した。その結果、それまで 1 位の座にあったアマゾンの創業者、ジェフ・ベゾス氏は、一気に 87 位に転落した。
世界最大の年金基金である日本の GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も、同じく 2015 年に上で触れた国連の責任投資原則 PRI に署名し、そして、2017 年 7 月には、資産運用において 3 つのESG 指標を採用すると発表した。ESG 投資―つまり、環境、社会、ガバナンスの観点から投資銘柄を選定する資産運用―は 2019 年、世界の全運用資産の約 3 割に達しており、カナダなど一部の市場では既に 50%超の割合となっている。
最後に触れるべき変革ドライバーは、顧客の価値観の変化である。B2C と B2B の世界では異なる形で体現されるが、いずれの市場においても顧客は、環境と社会的配慮を以前よりはるかに求めるようになっている。B2C では、1981 年以降に生まれたミレニアル世代後の生活者がサステナビリテ ィを志向した消費に意欲を示している。B2B の世界においては、多くの場合は取引条件の中に盛り込まれ、商売を行う上での基礎的な条件にまでなっている。
このように、2010 年以降だけをとっても、 SDGs、パリ協定、ESG 投資、そして顧客の価値観の変化といった社会要請が大きな影響力を及ぼすようになっている。これらの動きは、いずれも「長期ベクトル」に基づいていることが重要なポイントだ。3 年や 5 年で消える変革ドライバーではないのだ。むしろ、2030 年や 2050 年にむけた企業経営そのものの変容が余儀なくされているとみるべき大潮流である。そう簡単にぶれない長期ベクトルが社会によって設定されていることをポジティブに受け止め、自社としての本質的な戦略刷新や事業革新に結び付けて初めて、21 世紀半ばの市場にふさわしい企業力や競争力を獲得することが可能となる。

【4つの変革ドライバー:新たな社会・環境イノベーションの推進力】

環境・社会イノベーションは「第 5 の競争軸」

企業は、常に競争にさらされる存在である。そして、時代とともに、競争力を左右する「軸」が変化するのも事実である。20 世紀後半、日本が焼け野原から立ち上がり、大きな自己変革力をもとに、最初は価格で勝負し、その後は、世界市場に出てマーケ ットシェアを獲得し、そして、1960 年代になると、次第に品質経営で世界における確固たる地位を確立していった。この 4 つの要因―「ビジネスモデルを進化しつづける自己変革力」、「マーケットシェア」、「値付け」、そして「プロセスと製品の品質」—は、まさに 20 世紀後半まで、決定的に重要だった「競争軸」と言える。つまり、それらをマスターするか否かが企業の生存可能性に直接影響を与えていた。

【20世紀後半までの4つの競争軸】

これら 4 つの競争軸は現在も大きな意味をもっているが、昨今は、SDGs を筆頭とする社会の「変革ドライバー」を受け、第5の競争軸が台頭している。その第 5 の競争軸を一言で表現すれば「サステナビリティ・イノベーション」になろう。つまり、自社の特性や強みを生かしたかたちで、いかにして持続可能な社会や持続可能な未来の実現に貢献するかが、競争力を左右する時代に入ったという見方である。念のために確認したいが、その「貢献」とは「社会貢献」とイコールでもなければ、「社会貢献」を軽視しているものでもない。事業においては事業そのものを通じて、オぺレーションにおいてはその特性や課題をふまえ、そして必要な時には社会貢献をも通じて、主体的かつ新たな価値創出につながる行動が求められていることに他ならない。

【21 世紀初頭から台頭している「第 5 の競争軸」】

いまこそ「リフレーミング」が必要

本稿では、最初に企業と社会の関係性を 400 年の大きな歴史的な観点から捉え、その後、ここ 30年強を 3 つのステージに分けてみてきた。企業が、誰によって操業・発展の許可を獲得し、何を社会に提供する存在であるかの非常にエキサイティングかつ創造的な「問い直しの時代」と捉えている。このような時代において、旧態依然のマインドセ ットや物事の解釈では、当然、求められる新しい解はみえてこない。
米国の言語学者、カリフォルニア大学教授のジ ョージ・ラコフ氏はかつて、Reframing is social change. という名言を発したが、彼が指摘しているのは、メンタルモデルやマインドセットを抜本的に変えた瞬間に(すなわちリフレーミングが起きたその時から)変化・変革・イノベーションへの扉が開くということである。SDGs をはじめとした社会の変革ドライバーを的確に理解し、イノベ ーションに結び付けるためには、下図が示すようなリフレーミングが必須となろう。リフレ―ミングができなければ、第三のステージで求められる「課題解決型イノベーション」を起こすための意思決定や、社内プレイヤーのベクトル合わせは困難を極めるだろう。ここで、いまなお喘いでいる企業も少なくないのではないだろうか。近年、日本において「CSR 部」から「サステナビリティ部」への衣替えが続いていることは、リフレ―ミングの一環とみることができるが、当然、その取組内容のアップグレードもセットで必要になる。

【CSR経営から革新を生むサステナビリティ経営への「リフレーミング」】

これまでの CSR 経営は、ややもすると企業価値の創出に直結していなかった、あるいはその関係性がみえていなかった。社会と共発展できる企業こそ、ステーホルダーから積極的かつ優先的に選ばれ、長期にわたる発展・成長の許可を手に入れる―そんな時代に、私たちは一歩ずつ、紆余曲折の道を経ながら進んでいるのである。

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